波と思考

全部混ぜます

書くこと

 自分の考え方について考えていることをまず宣言します。
 思考という言葉はここでは、自分とは何かとか、身の回りについてどう思うかとか、そんなことを漠然と考えることを指すことにします。
 そんな思考を文章にしたいということを、今宣言します。

「僕は思考を文章に書き記したい。」

なぜ、書くのか

 僕は思考を書き散らして、それを他人に見てもらいたい。だからといって、他人に見てもらうために何か努力をしたいとは思わない。ただありのままに自分の思考を書いたものを評価してくれる他人が欲しいだけだ。誰だって努力せずにただ自分を認めてくれる人を作れたらいいと思うだろう?承認欲求というのはそれ自体では別にしょうもないことでも悪いことでもないと思う。
 実際は、承認欲求が本当に欲しいのではなく、思考を書いたものが評価される状況を「妄想する」ことで満足しているのかもしれない。

どのように、思考を文章化するのか

 漠然とした思いはずっと頭を駆け巡るが、それを肝心な文章の形に起こすのは難しい。
 そもそも考えは脈絡を持たないことが多い。情報の集積が頭の中にどっさりとあるだけだ。それを文章に起こすときは、論理的に何らかの文脈に乗せないといけない気がする。論理的なおかしさを指摘されることが怖い。だから、因果とか時系列とかの文章の枠組みを組み立てて、そこに自分の感じたこと、考えたことを組み込んでいこうとする。それは本来の自分の気持ちと違ったものかもしれない。因果関係は自分が勝手に後付けしたもの、詳細は自分が勝手に取捨選択したもの、そうやって自分がいろいろ手を加えたものが自分の思考の文章化となる。「本来の気持ち」を文章にしたとしたら、支離滅裂なものになってしまうかもしれない。
 さらに、文章にしてしまうとそれが不変であるかのように残る。思考は変わりゆくものであっていいと思う。思考に一貫性は必要ないと思う。だから文章化には不安が付きまとう。

それでも、文章化するのはなぜか

 承認欲求かもしれない。自己陶酔かもしれない。何でもいい。そもそも自分のやること一つ一つに理由を求めていったら気が狂いそうだ。

いつ、思考を書き散らすのか

 僕が思考を文章にしたいと思うのは特にやることがない時とか、やることはあるが気が乗らない時であると思う。そういう時は思考に支配されているような状態だ。やることがはっきりしていてそれをするのに忙しいならば、当然ながら漫然と思考したり、それを文章にしようとしたりはしない。文章化する時間があったら他のことをする。
 思考にはかなり時間を費やしていると思う。考え方は刻々と変わるのだから、終わらせようとしないと終わらない。漠然と身の回りのこととか自分のこととかに考えを向け始めるとずっと続く。思考は暇人のやることなのではないか。実際思考を文章にしようと思っても、時間を大量に消費するだけで無意味なものが生まれるだけだ。
 この文章もそうだ。

思考に特徴はあるのか

 「思考」それ自体と「思考の文章化」のどちらをしようとしているのかが分からない、というか分けられない。
 あと、自己言及が続く。考えることを考えているのだから当たり前だ。自分の考え方を考える時点でかなり自己言及だ。だんだん自己言及をしていることについての自己言及が始まるぞ。これだから思考が終わらないのだ。
 正確に書けないことに苛立つこともよくある。自分の思考は脳内では脈絡がないまま集まっているだけだし、自分の考えを考える思考は自己言及に陥って無限な思考が続くから、正確に書くことは難しい。
 論理が破綻することを怖れてはいるが、思考なのだから一貫させることが難しい。だからといって、書き残した文章を読解しようと試み、何か一貫したものをまとめあげようとすればそれはそれで自分の考えとは異なるものになりそうだ。
 結局思考は終わらない活動だ。

どうやって思考を終わらせるのか

 終わらせようと決意すれば終わる。ただし満足はいかないことが多い。
 あるいは、誰も見ないとしても、誰にでも見える状況におけば、それだけで溜飲が下がる。結局承認欲求から来る謎の行動だからね。ただ公開した後である時の一時的な気持ちが文章として誰かに見える状態になっていることを恥ずかしく思い始めるかもしれない。厄介。
 詩という形は羨ましい。詩が書けたらいいかもしれないと思う。自分が思うことを断片的に脈絡なく書いても、その間の補完が読者に任されそうだから。こんな考えは甘いかもしれない。

この文章、意味が分からなくないか

 思考ってそういうものだからと開き直りたい。しかも意味が通るように文章を書き変え始めたら、また思考が始まる。

 公開します。溜飲を下げます。お疲れ様でした。

最近の学び 21/4/1

競プロについて

 復帰と言えるかは分からないが、久しぶりに競プロのいろんな知識を吸収して、実際に問題を解いた。

フーリエ解析

 これは競プロに活かすというより、普通に知りたかったので、書店で偶然見つけた「道具としてのフーリエ解析」という本を買った。入門書らしい。

 フーリエ級数、複素フーリエ級数フーリエ変換ラプラス変換と見ていった後、応用として離散フーリエ変換微分方程式の解き方、畳み込み積分線形応答理論などの概要を学んだ。高速フーリエ変換(FFT)以外の部分はまだ実際に自分で扱うまでに至っていないが、とても面白い内容だった。

 高速フーリエ変換(FFT)の記述は役に立った。これによって競プロでFFTを使えるようになった。競プロでのFFTの使用法は、フーリエ変換と畳み込み積分の関係を、整数個の離散的なデータに応用したという背景があるのだと思う。下の行列で表される式が本質的な部分だと思った。(ほぼ自分用)

 
    \begin{pmatrix}
      Y _ 0\\
      Y _ 2\\
      Y _ 4\\
      Y _ 6\\
      \vdots \\
      Y _ {n-2}\\
    \end{pmatrix}
    
=
  
    \begin{pmatrix}
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 0 & \cdots & W _ {n/2}^ 0 \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 1 & W _ {n/2}^ 2 & W _ {n/2}^ 3 & \cdots & W _ {n/2}^ {n/2-1} \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 2 & W _ {n/2}^ 4 & W _ {n/2}^ 6 & \cdots & W _ {n/2}^ {2(n/2-1)} \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 3 & W _ {n/2}^ 6 & W _ {n/2}^ 9 & \cdots & W _ {n/2}^ {3(n/2-1)} \\
      \vdots & \vdots & \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ {n/2-1} & W _ {n/2}^ {2(n/2-1)} & W _ {n/2}^ {3(n/2-1)} & \cdots & W _ {n/2}^ {(n/2-1)(n/2-1)} \\
    \end{pmatrix}
    

  
    \begin{pmatrix}
      X _ 0+X _ {n/2}\\
      X _ 1+X _ {n/2+1}\\
      X _ 2+X _ {n/2+2}\\
      X _ 3+X _ {n/2+3}\\
      \vdots \\
      X _ {n/2-1}+X _ {n-1}\\
    \end{pmatrix}
   
\\
 
    \begin{pmatrix}
      Y _ 1\\
      Y _ 3\\
      Y _ 5\\
      Y _ 7\\
      \vdots \\
      Y _ {n-1}\\
    \end{pmatrix}
   
=
  
    \begin{pmatrix}
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 0 & \cdots & W _ {n/2}^ 0 \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 1 & W _ {n/2}^ 2 & W _ {n/2}^ 3 & \cdots & W _ {n/2}^ {n-1} \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 2 & W _ {n/2}^ 4 & W _ {n/2}^ 6 & \cdots & W _ {n/2}^ {2(n-1)} \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ 3 & W _ {n/2}^ 6 & W _ {n/2}^ 9 & \cdots & W _ {n/2}^ {3(n-1)} \\
      \vdots & \vdots & \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
      W _ {n/2}^ 0 & W _ {n/2}^ {n-1} & W _ {n/2}^ {2(n-1)} & W _ {n/2}^ {3(n-1)} & \cdots & W _ {n/2}^ {(n-1)(n-1)} \\
    \end{pmatrix}
  

  
    \begin{pmatrix}
      W _ n^ 0(X _ 0-X _ {n/2})\\
      W _ n^ 1(X _ 1-X _ {n/2+1})\\
      W _ n^ 2(X _ 2-X _ {n/2+2})\\
      W _ n^ 3(X _ 3-X _ {n/2+3})\\
      \vdots \\
      W _ n^ {n/2-1}(X _ {n/2-1}-X _ {n-1})\\
    \end{pmatrix}
   

\\

 FFTは理論が分かってしまえば意外と実装は難しくない。コードを自分で書けるくらいまで理解した。さらに、FFTで使う複素数をあるMOD上の原始根で考えた数論変換(NTT)も少しコードを変えるだけで実装することができた。ただ、整数の余りを扱うため実行時間が長めになるのであまり使わないかもしれない。

 FFTが分かったのでいくつか問題を解いた。

https://atcoder.jp/contests/atc001/submissions/20749536

https://atcoder.jp/contests/agc047/submissions/21444461

この他にも、20万桁の整数どうしの掛け算とかをまともな時間で解く方法も分かった。

フロー

 高校生の間ずっと放っておいたフローアルゴリズムに少し手を出した。とりあえず最大流の求め方を学んだ。

 まず、フローとカットがどのようなものかを理解した。そして一番単純な(?)最大流アルゴリズムであるFord-Fulkersonのアルゴリズムと共に最大フロー最小カット定理というものを学んだ。今後も都度確認しながら定着させたい。

 それから、最大フローを求めるアルゴリズムを学んだ。Ford-Fulkersonのアルゴリズムでも求められるのだが、計算量が大きい。より少ない計算量で解けるEdmonds-Karpアルゴリズムの概要を把握した。これは結構理解しやすかったが、Dinic法の方がより計算量が小さいため、概要の把握程度にとどめてDinic法の理解を試みた。Dinic法もよく考えると理解できた。Dinic 法とその時間計算量 - みさわめも ←ここが分かりやすかった。

 最後にアルゴリズムの実装をした。Ford-Fulkersonは適当に済ませて、Dinic法を丁寧に実装した。Aizu Online Judgeに投げたらちゃんと通ってくれた。

 最大二部マッチングはフローに帰着できるが、Dinic法だと普通のフローよりも少し計算量が減るらしい。嬉しい。

掃き出し法

 大学の手続で謎の数学の冊子が配布された。教科書のように数学の学習内容がぎっしり詰まっているが、教科書にしてはレイアウトが簡素すぎる。表紙は白地に「数理科学基礎共通資料ナントカカントカ」と書いてあるだけ、裏面は真っ白だった。

 とにかくこの冊子には大学でやりそうな数学の内容がいろいろ書いてあったので、高校では未習だが有用で面白そうな行列の範囲を読むことにした。特に競プロで使える掃き出し法には興味があった。行列は最後の章だったので、行列を学ぶ前に学ぶべきだとされている章を読んでから読み始めた。読んでみると、行列で線形写像を表現できるなど興味深い内容がたくさんあり、掃き出し法も丁寧に解説されていた。

 掃き出し法の概要が分かったところで問題を解いた。連立一次方程式を解くのとは少し異なりビット列にXORを施していく使い方なのだが、確かに掃き出し法の考え方が効く。

https://atcoder.jp/contests/abc141/submissions/21434741

https://atcoder.jp/contests/agc045/submissions/21442895

こうして高校の頃はなんか難しそうだなと思って学んでいなかった掃き出し法を、ついに自分で扱えるようになれた。

感想

 競プロをしていると大学の数学とかで学んだ内容を即座に実際に応用できたりするから、その内容を学ぶ意味が生まれて、それが内容の理解の定着に繋がることもあるのでは?という幻想がある。

 今後は最小費用流をやりたいな。

 別に興味があるのは競プロだけではないが、学問分野は大学でやるだろうということで。ただ地学は高校で取らなかったので高校教科書レベルから頭に入れておきたいという気持ちがある。

追記

 VS Codeを使い始めた。今まではなんか導入方法が分からなくて使ってなかったが、改めてうまくやったら動いた。

 あとPythonのコーディングができる環境を整えた。大学とかで機械学習などをする機会があるかもしれないので。競プロにはほとんど使わないだろうけれど、基本的なコーディングができるようになるまで競プロの問題で鍛えておこうかな。

自分の受験勉強を振り返る (合格体験記-2)

 https://sin-at.hatenablog.com/entry/2021/03/20/211744の最初だけ見れば状況が分かると思う。

自分の勉強への取り組み方

 世間一般に言われる「受験生の勉強の仕方」を模範的な理想像として自分の中に埋め込んでしまったのだが、それに沿った勉強をできなかったので、ずっと不安が付いて回った。今思えば、そのような理想像を捨てるべきだったのだと思う。
 僕はZ会と東進と東大特進をやっていたが、いずれも友達が近くにいて一緒に勉強の進捗を確かめながらやる感じではない。学校でも周りの人間は昔から鉄緑会などに通い詰めた人たちで、僕が受験勉強をしっかりとやり始めた高3の頃には既にかなり学習状況が違ったし、コロナ禍でリアルでの友人との会話も減ってしまった。そのためか、身近な他人が勉強をどう進めているのかよく分からず、インターネットで得た情報や塾が提供する勉強方針を従うべきものとして位置づけることになってしまった。
 それらの情報源は、一日10時間以上勉強したり、綺麗なノートを作ったり、参考書を何周もしたりする勉強法を提示してくる。だから、それらをするのが受験生のあるべき姿だとずっと思っていた。それらから逸れても受かるような人間は「天才」と見做して自分があまり参考にすべきものではないと思っていた。
 しかし、一日10時間以上勉強するのは大変だし、ノート作りや参考書の繰り返しは飽きる。結局どれもまともに実行できなかった。しかも教材も結構ため込んでしまい、塾の示す勉強方針からも遅れてしまった。自分の強い考えではなく惰性によって、理想像から離れていってしまった。惰性だったから後ろめたさがずっと付きまとった。
 高3の間に受けた模試は全て理一はA判定の上の方だった。過去問演習でも合格ラインは普通に超える。だから、勉強方法は理想と違ってもこのままいけばまず受かるとは思っていたし、「A判定が出たくらいで慢心してはいけない」とか「結果は見ずに勉強を続けるべきだ」とかそういう模範的な考え方を「自分はギリギリA判定なのではなく、A判定の上の方だし」と一蹴したくなったこともある。しかし、過去の成績が良くても本番で崩れる事態はいくらでも想像できるし、A判定でもまだまだ上はいる。それを考えてしまい、この程度の点数で余裕を見せながら本番で落ちるという可能性への恐怖のせいで、先ほど述べた後ろめたさは消えなかった。
 後ろめたいなら勉強すればいいのだが、直前期はそれも辛くなっていった。これでいいのかという不安で頭がいっぱいになり、勉強への気力が湧かなかったのだ。未習事項を理解するという部分があるうちは演習を繰り返すのも楽しかったが、直前期にはこれから学べることもほとんどないという状態になり、ひたすら繰り返す演習がマンネリ化していた。しかも成績が良いのだから、勉強して得られる効用が少ない。まだまだ「伸びしろのある」人間に比べてやる気が出ないのも当然だったのかもしれない。こうして、勉強に打ち込むこともできず、かといって勉強していなければ不安がずっと付きまとう人間が出来上がる。
 その結果、何に対しても気力がなくなった。何時間も勉強するという理想像を最後まで持ち続けたから直前期でも5,6時間は勉強した。それ以外の時間は、ネットの無益な情報を眺め、散歩し、自分の考えを漫然と文章に書き起こして過ごした。勉強はしたくないのに、勉強以外のことをちゃんと行う気力も失せていたのだ。
 このように直前期は受験勉強と虚無的な何かしかしない日々が続いたから、生活の全てが受験本番に繋がるように感じられた。受験のために生活しているような状態だ。そうすると、この時期の人生を正当化するものが受験勉強における成績しかなくなる。結果が全てだ。勉強方法に関しても世間一般とずれていて、慢心し怠惰になり、意志が弱く勉強量が少ないというこの状況では、本番での成績という一点でのみこの時期の人生を正当化できるような気がしていた。危険な精神状態だったと思う。
 本番の手ごたえはあまり良くなかった。しかし、これで落ちたとしても直前期の不安に苛まれた自分を決して責めはしないだろうと思った。浪人したとしたら長期的な演習による慣れが足りなかったということだろう、次の一年はもっと気楽に経験を重ねて慣れていこう、そんな風に思っていた。合格発表後、塾の先生に「君は完璧主義的なところがあったと思う」と言われ、自分がずっと抱いていた理想像は行き過ぎだったのかもしれないと思った。直前期にあんなに心を苦しめた不安は本当は要らない不安で、後ろめたさなど感じず自分のやり方で正しいと開き直ってしまえば良かったのではないかと、合格した今は思える。果たしてそれが正しいかは分からないが、もっと気楽に自信を持って挑めれば良かったのではないかというのが、大学受験への最大の後悔となっている。
 勝手な感想だが、受験生は自分のやり方に自信を持つと良いと思う。自分に合わない奇妙な理想像に縛られなければ、精神的に健全な受験生生活を遅れるかもしれない。

勉強方法の振り返り

 勉強方法は本当に人それぞれだと思うので、誰かが言った意見を丸ごと信じるのは良くない。ここで挙げていることも僕の感想でしかないので、同様に丸ごと信じるべきではない。

「勉強しなければならない」と思い込みすぎた

 よく「一日15時間勉強を続けて受かった」とか「この時期にツイッターやってる奴はヤバい」とか書かれていたのを見たし、僕も一日15時間勉強したり、1年間とは言わずとも直前はツイ禁したりするのが受験生のあるべき姿だとずっと思っていたが、結局一日10時間以上勉強できなかったし、直前の1ヶ月間で150ツイートくらいしたし(鍵垢で)、そんなにうまくいかない。だから、ああいう言葉は「頑張ってね」以上の意味を持たないと思った方が良いと思う。そもそも勉強は時間が長いほど良いというような単純なものではない。特に、寸暇を惜しんだ勉強を強調してくるものは信じなくて良いと思う。全ての時間を勉強に費やすという意識が不安を増長させ、僕は勉強していない間ずっと焦りを抱くことになったから。

受験にあまり関係ないことをした

 先述のように受験に関係ないことをするには不安が多かったのだが、「受験に関係がある」と言い訳して行ったことはいくつかある。例えば「英作文の練習」と言って、2月21日にあった地理オリンピックの2次選抜に参加した。単純に地理に興味があった。当然ながら地理は東大の理系には課されないが、一部英語で答えさせるところがあった。また、受験直前期に高校の倫理の教科書を全部読んだ。普通に読み物として興味深かった。「現代文のテーマにもなりうるし」と言い訳していた。これらをしたこと自体は意味あることだったと思うが、もっと堂々と行えていれば良かったかもしれない。

問題集とか過去問とかは何周もしなかった

 問題集は1つのものを何周もするのが良いという話を聞いたし塾にも2周目くらいはするという前提のような話し方をされて、そういうものなのかと思っていたが、当然ながら人それぞれ。僕は2周した参考書はない。鉄壁も2周目の途中で諦めた。数学や理科は、一度解いた問題をもう一度解くのは飽きるし疲れるだけで、やる気が起きなかった。過去問は15年分ほどあって、わざわざ2周目に入らなくても豊富にあるし十分だったと思う。

計画はあまり立てなかった

 塾には問題集とかを解く計画を立てたり教材を早くこなしたりするよう頻繫に言われた。僕はだいたいそれに従って毎度毎度計画を立てたが、実際はそんな計画は無視して適当にその場にある教材をこなしていった。

綺麗なノートは作らなかった

 綺麗なノートを作ることでモチベーションが上がるかは本当に人による。僕はそもそもノートをあまり見直さなかった。

自習室を積極的には使わなかった

 人による。自習室を使うだけでライバルとの競争意識や向上心が生まれるという感覚は、僕には分からない。

その他詳細

問題集について
 数学はチャートっていうめっちゃ分厚い本が有名だけどやらなかった。数列とかベクトルの問題が解けなかった頃、旺文社の標準問題精講(数学2B)を一部だけ解いた(4月頃)。あとはZ会の理系数学入試の核心標準編を1周した(6月頃?)。物理は旺文社の標準問題精講を多少やった。難しめの問題が厳選されていた。

共テ対策について
 予想問題パックとかいうのはやらず、センター過去問と試行調査のみ。地理は参考書として「地理の研究」を使った。

東進について

 「過去問演習講座(10年分)」は添削指導と解説授業付きで、まあ役に立つ。8月後半から11月にかけて行った。過去問は二度と出ないとは言うが、形式に慣れることと初めての問題に対処する力を身に付けることが重要なので、良質な過去問演習は役立つと思う。2周目、3周目もやった先輩の例が示されたが、さすがに1周しかしなかった。
 「単元ジャンル別演習」は11月から12月にかけて行った。演習教材が供給され続ける点では良いが、それ以上の良さをあまり感じなかった。教科として苦手だった化学の問題が出されたのは良かったが、それ以外は自分が特別苦手意識を抱いているところではなく、あまり伸びを感じなかった。
 「第一志望校対策演習」は共テ後中心にやったが、あまりできなかった。直前対策テストゼミとして用意されていた2000年代の過去問5回分をやった以外は少しだけ。これも「演習教材が供給され続ける」点では良い。ただ問題傾向は模試や過去問で大量に触れたので、問題傾向に慣れるという点に関して寄与は少なかった。
 僕の教材の利用時期は全体的に東進の方針よりもかなり遅かった。ただ、担任がある程度自分のペースを認めてくれたので、それはありがたかった。

東大特進について
 第Ⅳ期以降は東進の方が忙しくなってほとんど取れなかったが、質が高くて勉強になったことは間違いない。一番「受験対策」らしかった。
 これは単純に自分が怠惰で申し込むのが遅すぎただけだが、ライブ授業には二度しか行かなかった。人によるのだと思うが、僕は映像授業と比べて「本物の講師だ……」みたいな感動以上のものは感じなかった(逆に映像授業の質が良いとも言える)。リアルで講師を見られたのは良かった。

Z会について
 Z会の答案提出を遅らせまくったことは多少後悔している。最終的には国語の数回分を除いて解き切ったが。
 高1から英数国、高2から物化。物理に結構不信感があったので高3ではやめた。高3は東大理系国語の教材に小説とか文系第四問型の設問とかが出てきてやや不信感があった。それ以外はかなり勉強になった。

受験の経過と結果と感想 (合格体験記-1)

はじめに

 受験という一大行事を乗り越えたんだから、自分語りもしたくなるだろ。

受験結果

 東大理科一類 合格 (単願)

模試の経歴

 受けた東大型模試(河合駿台東進)は理科一類は全てA判定。理科三類は河合2回目のみA判定、駿台1回目と東進3回目はB判定、など。

塾など

 高1からゆるめにZ会の通信教材、高2後半から東進ハイスクール、高3から少し東大特進コース。

受験までの流れ

 中学受験をして中高一貫進学校に入った。中学入学時点で大学は意識していた。周りは早速鉄緑会に入るが、僕は入らなかった。小学校の成績も良かったし中学でも期末は学年上位だったので、大学受験のことは全く分からないが「普通に勉強して普通に東大に行ける」と思っていた。
 高1から英数国をZ会で取るも、文化祭付近で3ヶ月分くらい遅れて、その遅れがそのまま維持されてしまった。高2になると物化をZ会で取るが、物理が何も分からなかった。この頃までは本当に東大入試というものを全く知らず、配点も範囲も全然分からなかったし、そもそも知ろうとしていなかった。ここまで塾に入らなかったのは、皆が鉄緑会に行っていることに対しての謎の逆張りと、塾に通うのが大変そうだという怠惰が理由だと思う。
 高2の10月にそろそろ塾に入ってもいい頃かと思い始め、東進に入って物理と英語を取った。物理は「ハイレベル物理」という映像授業で、これは自分に凄く合っていて理解が進んだ。確か高2の2月くらいまでに終わらせられたのは力学と熱力学までだったと思う。この頃には通信教材の化学も何も分からなくなっていたし、英数国もかなり遅れていた。この辺りで地理オリンピックに興味が湧いて地理の勉強をしていた。
 高2の2月に東進の東大同日を受ける。ここで東大の形式や得点を初めて知る。数学は数学オリンピック本選みたいなめちゃくちゃ難しいものが出るという先入観があった上に、数学Ⅲの微積分を知らなかったので点が取れず、1完+αで30点くらい。国語は漢字が簡単でびっくり。物理は力学と熱力学だけ解いて29だったので結構良かったが、化学は10点だった。英語はリスニングを全捨てして、音声が流れる中で英作文を考えていた。51点だった。結果はC判定。ようやく「普通に勉強していれば東大に受かる」という考えがしっかりと打ち砕かれ、受験勉強に全力を挙げないといけないと思い始めた。
 そこにコロナウイルスがやってきた。3月からは休校期間に突入した。ここからが受験生生活。

3月の前半

 通信教材で数学Ⅲの微積分を知ってびっくりしていた。数学Ⅲ修了。物理の波動も学んだ。

3月の後半

 15日間でハイレベル物理の電磁気を全部終わらせた。交流が辛かった。

4月

 確か東大特進を取った。英数国をやってた。学校の化学の教科書を読んでいた記憶がある。なぜか特殊相対性理論(ローレンツ変換の導出)をやった。

5月

 もうここまで来ると同じような生活だったのであまり覚えていない。多分英数国と化学をしていた。物理は問題を解きまくっていたと思う。さらに原子・原子核分野もやった。

6月

 ようやく学校が始まった。たしか共通テスト対策をしていた。

7月

 学校が加わっただけで5月までとあまり変わらないので覚えていない。

8月

 模試を受けた。東大型の問題を解くのは東大同日以来だった。まあボロボロかなと思っていると、河合も駿台も冊子掲載の1行目くらいだったようでびっくり。月の後半に過去問演習を始めた。

9月

 文化祭の準備が始まった。過去問演習をした。この辺りから東大特進の授業を取らなくなっていった。

10月

 ほとんど文化祭の準備に費やして過去問演習を若干した。東進の模試があったが普通にA判定だった。なんなら理三もB判定だった。

11月

 文化祭が終わって河合の模試。まあボロボロでも仕方ないと思っていると、数学が謎の119点を叩きだし、全体得点は理一はもちろん理三のAボーダーも超えていた。この時期は過去問以外の教材も使って2次対策の演習した。

12月

 2010年代の過去問は全部終わらせた。早く共テ対策をやれと塾に言われたが、結局2次対策の演習がほとんどだった。地理はそれなりに勉強した。1年前にも勉強したが、やはり楽しかった。

1月

 共テ対策をした。パックとかいうのは無視してセンター過去問と試行調査しかやってなかったが、同じような問題の繰り返しで気が狂いそうだった。共テ後に東進の東大模試があった。どうせA判定なんだろ?という気持ちだった。やっぱりA判定だった。

2月

 A判定は気休めにもならなかった。不安と格闘しながら2000年代の過去問5年分をしたり虚無をしたりして過ごした。

受験後

 他人には「多分受かった」とは言っていたが、浪人したと思いながら過ごした方が発表の時に楽だと思い、そうした。実際自信はあまりなかった。ただ、なんだかんだで受かっているだろうとは思っていた。当日自分の番号を見つけた時は「あるもんだねぇ」としみじみと感じた。

試験の感想

共テ

 騒がせた割に大したことなかったという感じ。特に数学2Bは大幅に易化していて、逆に不安になってた。

国語

 現代文は問1が一番難しいと思ったので最後に回した。古文は落窪で車がひっくり返る話を前に読んだ気もしたが、難しかった。漢文はいつも通りで印象に残っていない。

数学

 おそらく4,5の2完+3半くらい。唯一自信があった4が難問扱いされててびっくり。論証なので解けた時「1完は固い」という感じがして少し安心できる。一方で1も2もミスして正答逃したので最悪。

理科(物理・化学)

 物理で80分使った。55点くらい取れたと思う。空欄に0を入れさせるの最悪だと思う(めっちゃ悩んで0にした)。化学は時間相応の出来だと思ったがいつも通り計算ミスしていた。25点付近ではないだろうか。

英語

 順番は1A,1B,4B,3先読み,3,2A,2B,5で4A捨て。4Aは全部適当に書いたら一つも合ってなくて辛い。全体としてはいつも通りの出来な気がする。1Aと3が難しかった。


 続きます。